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2008年8月11日 (月)

『三たびの海峡』を観る・読む

Kaikyou 『三たびの海峡』をTV(日本映画専門チャンネル)で観て、それから原作を読んだ。作者は帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)。この作家はまったく知らなかった。またこの名前は漢字博士を自負?する小生もお手上げで、読めなかった。なんでも源氏物語の一節からつけたという。

原作が発表されたのが1992年。映画化は95年。日本映画専門チャンネルが『我が心の日本映画』と題して、三国連太郎が主演した想い出深い作品(他に『神々の深き欲望』『飢餓海峡』『異母兄弟』)を放映した。

Rentarou 海峡とは、日本(九州)と朝鮮半島を隔てる朝鮮海峡(対馬海峡とも)のことである。戦前、筑豊炭鉱に強制連行された韓国人の数奇な運命を描いている。「三たび」とは、終戦後日本人妻と韓国に帰国し、実業家として成功した主人公・河時根(ハ・シーハン)が死を賭してボタ山を訪れることに由来する。

映画を観てから原作を読んだら、だいぶストーリーが違っていたが、どちらも感動を覚える。映画のほうは、三国連太郎を除いては、比較的若手の役者が多く、その落差に少し違和感を覚える。

戦前、父が筑豊の炭鉱労働者の支援をしていた関係で、戦後も在日の人たちが自宅に時々訪ねてきていた。当時衣料品店を営んでいた我が家に彼らが来ると、父はただで着るものを持たせて帰らせた、と母から聞いた。まだ4-5歳前後だったから、すべて伝聞だが、兄に聞くと朝鮮人部落に日本人の子供が行くと苛められたが、私ら兄弟だけは別格扱いされたという。

実家が養豚場を営む同級生がいた。彼も在日だったが、売り言葉に買い言葉で人種差別的な言葉を吐いた。よくけんかもしたが、仲は良かった。

後年、そのけんか仲間がTVCMのテーマソングを歌うくらいの知名度を得たフォーク歌手になった。父が地元でなにかのお祭りの主催者に名を連ね出演を要請したら、彼は喜んで参加してくれた。父はそのことをとても喜んだ。

『三たびの海峡』は実話に基づくものではないが、底流にあるものは事実である。その流れの片隅に、私の幼年期が重なり合うような気がした。

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テスト運用中の、全国在日外国人教育研究所の、日本映画に描かれた「在日」のページにリンクを張らせていただいています。
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の、下から三番目の作品です。

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