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2008年11月

2008年11月21日 (金)

カルデロンのり子さん

Noriko 13歳といえば中学1年生か2年生。この少女の悲痛な訴えに、入国管理法違反という法律が立ちはだかっている。こうしたケースは以前にもあった。そのたびごとに思うのは、行政の対応の遅さである。

13歳の子供がいるくらい長期間滞在し、平穏な暮らしを続けていたのなら、不法入国したとしても、じゅうぶんその国で生きる権利があっていいはずである。その点、なんだかんだ言いながらも、アメリカは偉大である。

米国の市民権は、基本的に出生、または米国へ帰化することによって取得することができ、その条件は、

①帰化申請時に最低18歳であること②日常必要程度な英語の語学能力(読み・書き・会話)があること③米国の歴史や政府に関して、基本的な知識を持っていること④道徳上問題がなく、米国市民になるにふさわしい人間であること⑤米国の憲法を支持し、米国に忠誠を誓うこと――などとなっている。

18歳未満であれば、再入国許可証を取得して、18歳になるまで待てばいいことになる。即席で調べたので、正確ではないが、移民の国アメリカは、寛大である。

それに引き代え、この国はどうか。いつもながら、いたいけなこの子供たちのニュースを見るたびに、涙を禁じ得ない。同時にこんな低年齢で、弁護士の指導があるにせよ、よく状況を把握し、適切な言葉で要求を表現していることに驚かされる。誠に立派な少女である。支援する友人たちも、偉い。

予想するのは不謹慎だが、おそらく、最低のり子さんにだけは特別在住許可は下りるだろう。この国の低俗な政治家が、世間の支持を得るチャンスと考えると思うからである。

声を大にして訴えればこその結果になるといいが、支援を受けマスコミが取り上げなければ、彼女の声が埋もれてしまった可能性もあると思うと、それがいちばん悲しい。

2008年11月14日 (金)

時代錯誤の明大ラグビ-

Meiji 大学ラグビーの伝統校・明治が苦境に立たされている。対抗戦グループで現在2勝3敗。残りのカードは、帝京、早稲田。1敗でもすれば、大学選手権の出場権を失う。いやこの時点で、100%出場できないとみるのが妥当だろう。

過日、仕事の知り合いで早大ラグビー部OBに話を聞く機会があった。彼は現役時代、1本目の選手だった。メイジはなぜ勝てないのか? こう答えた。

「メイジのラグビー部は、試合に出ているプレーヤーだけが選手なんです。現在のラグビーは試合に臨む前に相手チームを徹底して分析します。しかも、対戦選手の分析だけでなく、戦術、審判のクセなど、あらゆる分野を大勢の部員が役割分担している。」

メイジが強かったころは、他の大学も同じような練習振りだったから、そんな情報戦は不要だった。しかし、いまは、選手の体格も似たサイズになり、当たり負けすることは少ない。しかも有力高校から選手をセレクトしている。サイズが同じで才能も遜色ないなら、あとは戦術勝負。それは誰の目にも明らかだ。メイジはいまだ「前へ、前へ」の猪突猛進ラグビーだ。

このOB氏によると、早大はマネージャーやコンディショニングコーチ、戦術分析班がいるという。しかもOB会にも同様のことをする人たちが大勢いるらしい。有望選手は全国に散らばるOBが、有名・無名を含めて発掘する組織が出来上がっている。メイジにもそのようなものはあるのだろうが、密度が違うのだろう。

もはや昔の名前だけでは、勝ち残って生けない。明大ラグビーの近年における沈滞ぶりを見ていると、IT全盛の時代にアナログでもがき苦しんでいる企業を想像してしまう。

試合に出ていない選手がゲームに参加していない。クラブの総意が試合に表れていない。総合力で劣っている。どんなことをしても試合に勝つためのプランを立てていない。つまりは時代錯誤なのである。

大学スポーツは4年で選手が入れ替わるので、常勝軍団を作るには、相当のリーダーシップと、たゆまぬ鍛錬が要る。

しかし考えてみると、企業だって3年や5年で人事異動はある。試合の勝ち負けと企業の盛衰は比較にならないにしても、毎年毎年が勝負、という点では同じ。業績を上げ続ける、試合に勝ち続ける。そう変わるわけでないだろう。

フォワードの強化が最優先、というわりには明治のFWは情けないくらい弱い。自陣にボールを蹴られると、フォワードは追走するスタミナがなく、俊足のはずのバックスはタックルが甘い。ラインアウトはことごとく相手に取られる。

理念を忘れた企業は、廃れるのも早い。戦略がなければ戦術は立てられない。10年1日というが、明大ラグビーは、この10年負けっぱなしである。創業的出直しが必要だ。3年くらいは、1、2年生主体でチームを作るくらいの中期計画を立てるべきである。

2008年11月 6日 (木)

1970年といえば・・・

Sunflower_2 やはりこの作品をおいて他にない。H・マンシーニの音楽を映像とももにしばし、ココで堪能してほしい。数あるお気に入り映画の中で、『ひまわり』は私の中でいまでも燦然と輝くベスト1である。

この年、毎週のように映画館に足を運んだことは、前々回書いた。時には、2時間以上かけて県内最大の都市にまで見に行ったこともしばしばだったが、これは近在の(といっても電車で小1時間はかかるところだが)映画館で2本立てとして見た。もう一本はどんな映画だったか記憶にない。

前評判が高く、その年の12月のある土曜日だったと思う。満席で立すいの余地もなかった。出だしは陽気なイタリア女と伊達男のコミカルなストーリーで始まる。メインテーマに劣らない『ジョバンナのテーマ』というボサノバ風の曲が流れる。

やがてマストロヤンニ扮するジョバンナの夫は独露戦争でシベリア戦線に赴き記憶喪失に。瀕死の重傷を負い、ロシアの片田舎で再婚しているところを探し当てる。が記憶は戻らない。背を向けて列車に飛び乗り、ジョバンナは号泣する。

ここでもう、館内はすすり泣きの渦に包まれていた。泣き上戸の小生もハンカチがぐっしょりと濡れた。そして観客は2人がやがて再会し、永遠の離別を迎えるローマ駅で感極まるのである。

ソフィア・ローレンの、あの大粒の涙でもらい泣きしない者は、涙腺が切れているのではないかと思えるくらい、泣けてくる。

15歳といえば多感な時期である。この映画を観たあとの1ヶ月は、しばらく余韻が冷めなかった。そしてどんどん映画にのめりこんでいったのだった・・・・。

この曲をギターで弾きたくて楽譜を一日千秋の思いで待っているのだが、どうしても手に入らない。もっかの悩みのタネである。

2008年11月 4日 (火)

『夜明け前』を見る

Yoakemae 1953年、吉村公三郎監督作品。原作はご存知、島崎藤村。CSの日本映画専門チャンネルで観た。

生まれる前の映画だが、古さを感じさせない名作だった。主人公役の滝沢修がやはり、とてもいい。佐野浅夫、宇野重吉、藤原鎌足、殿山泰司、小夜福子など、すでに鬼籍に入った人ばかりだが、オールスターキャストである。

映画では、主役の半蔵が平田篤胤を信奉する。明治維新で新政府が『神仏分離令』や『大教宣』を出し、廃仏毀釈によって、仏教寺院、仏像、などが破損された。それは半蔵の思惑どおりだった。

半蔵は、神の国ができると信じて維新政府を支持したが、民衆の貧困は解決しなかった。庄屋の跡継ぎで裕福な主人公はそのことに悩み、狂人扱いを受ける。

Touson 藤村の映画は、ほかに『破戒』も観た。これはいつか書いたので省略するが、半蔵は藤村の父がモデルともいわれる。

観る機会は少ないだろうが、お勧めである。

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