2009年1月31日 (土)

またまた相撲のこと

Wakakirin 十両力士・若麒麟が30日、大麻取締法違反容疑の現行犯で逮捕された。この関取をよく知らないが、弁護士を通じて拘置所から引退届けを出したという。

相撲協会の処分が決定していないので、そのまま受理されることはないだろう。解雇か除名か、その方法は詳しくないが、ゴタゴタ続きの角界にまたひと騒動である。

私見では、大麻もタバコも喫煙に関しては大差ないように思う。禁止されたものだから、社会規範に沿って判断すれば、悪しきことという程度の認識しか持っていない。ただ麻薬は精神を高揚させる魔力があり、身体を蝕む恐ろしさがタバコに比べて高いはず。

若い世代の私生活の乱れは枚挙に暇がない。関取の世界でも同じなのは、横綱を見ても明らかである。私が心を痛めるのは、往年の名力士が頭を下げる姿である。

Oguruma 尾車親方は、元大関の琴風である。NHKの解説でなじみの人だから、相撲に関心のない人でも顔を見れば分かる。やや舌足らずの話し振りにもかかわらず、解説は実に分かりやすく的確で、「この人は頭のいい人だ」と常々感心していた。

ネットの情報では、中学まで体育以外はオール5だったとか。怪我で幕下まで落ちたことがあり、這い上がって活躍したのは、本当に嬉しかった。誠実さがテレビ解説でも、じゅうぶん伝わってくる人だ。

こんな人がマスコミの前で、大きな体を曲げて謝罪する場面を見ると、親方ではないが「ぶん殴ってやりたい」と思う。

武蔵川理事長は、元横綱三重ノ海。クンロク大関と批判され、遅咲きながら横綱まで上り詰めた。立会いに張り手を使うのが上手く、相撲巧者だった。柏戸・大鵬の時代から観戦している身にとって、親方衆の悲しい顔を見るのがつらい。

しかし角界の伝統も、彼らが悪しき慣習を払拭せず、むしろ頑迷に固執してきたからこそ起きた。大鵬など21歳であれだけの風格を持ち、いまだ博物館の館長として確固たる地位にいる。

やくみのる氏のいうように、徹底した体質改善が必要な時期に来ている。 ココにNHK解説委員・山本浩氏の発言が載っているので、一読してほしい。この一文は外国人力士に関するものだが、角界が抱える問題への解決のアプローチが記されている。 山本氏は、とくにサッカーへの造詣が深いが、スポーツ全般に詳しいNHKアナウンサー出身である。

追記:

地位は人を作る(磨くあるいは鍛える)もの。番付1枚違えば待遇がガラッと変わるのは競争原理を高めるシビアな制度で結構なことだ。しかし、番付なりの品格が備わらなければ、意味がない。権利を行使するには義務を遂行しなければいけない。他山の石にしよう。

2009年1月28日 (水)

朝青龍のこと

Asasyouryuu 話題の人、朝青龍である。休場明けの見事な優勝だが、勝負がついた後のダメ押しやこのガッツポーズに批判が集まっている。

品格の問題、というわけである。これも、というべきか本人の想像力の欠如に起因する。言い換えれば、相手の立場に立って物事を見ることができない、ということだ。

ヒールとして人気のある横綱も珍しいが、これまでの素行も含めて、この品格問題だけは、引退するまでつきまとうだろう。

しかし、床山さんを大事にする横綱。本当は心優しいと思う。悪役呼ばわりされるにつれて四面楚歌になり、勝ちゃあいいだろ、とヤケになっているように見える。

Untitled 私は、ダメ押しのほうを危惧する。琴欧州戦だったか、左フックが空振りに終わった。当たっていたら、あの端正な顔が歪んでいた。ベテラン大関にはこんなことはしない。

若手にめっぽう、つらく当たるような気がする。年齢に関係なく、番付も度外視して、もっと堂々と、能面のような顔をしながら内に闘志を秘めるようなタイプになってほしいが、それは「できない相談」。横綱に残された時間は、そう多くない。人気商売だから、こうなれば、徹頭徹尾押し通すのも手である。

品格のある大関は勝ち越しがやっとの状態だから、新鋭の台頭を待つしかない。眼下の敵が少ないから、増長もする。しょせん、28歳の若者である。とんとん拍子に出世した力士が頂点を極めれば、驕りは生まれる。

現在の社会と同じで角界も例外ではない。だいいち、一国の総理が「さもしい」だの「ざらには」だの、言葉遣いも知らないのだから、ヒール横綱ばかり責める気も起こらない・・・。

2009年1月10日 (土)

大学ラグビー決勝戦

090110 10日の決勝戦。帝京-早稲田、20対10で早大が15回目の優勝を飾った。ワセダの試合巧者ぶりが随所に見られたゲームだった。心情的には初優勝を目指す帝京を応援しながらTV観戦した。

ワセダの攻撃に対する帝京のディフェンスが少し甘かったのは、FW戦で優位に立てなかったためなのか。防御線をわりと簡単に抜けられるシーンが見られた。早大の研究の成果かもしれない。これぞ伝統の力である。さすがと感心するほかない。

レフリーの試合進行に少し疑問が残った。同じ反則を続けたらシンビン(10分間の退場)というのはルールに沿ったジャッジだろうが、このところ高校から社会人の試合をいくつか見てきて、これほどシンビンが出た試合はあまりお目にかかっていない。

数的優位の状況での攻防の差が勝敗を分けることになった。公平な判断だろうが、レフリーによって温度差があり過ぎるのは考えものだ。大目に見ろとは言わないが、3人の退場者が出たことで試合も荒れた展開になり、好試合とは思えなかった。

近年のラグビーは、レフリーが試合の流れを作る傾向にある。笛ばかり吹かず、適切に選手を導き、アドバンテージのまま試合を止めないようにする。レフリングの巧拙がゲームの面白さを引き出すもとになっている。

また今年から試験的に採用されているルールも、観客の目線に立ったものといえるかどうか。聞けば、ラグビーのルールが毎年のように変わるのは、ディフェンス対応が進み攻撃的なラグビー(点取り合戦)が少なくなったことへの反省からきているらしい。

ところで、またまた早大・豊田主将に渇っ! である。試合終了後のインタビュー。あの「ヤバイ」とはいったいなにか? それも2度。自分が主将でいいのか悩んだと吐露したところは素直だったが、受けを狙った発言には、口あんぐりである。

アナウンサーは真面目に質問していた。それを関係者しか意味が分からないようなことを再三口にする態度は、早明戦後のコメント同様、心底がっかりした。プレーヤーとしては申し分ないのに、この姿勢はなんだろう。名門大学、名門チームのスタープレーヤーとしての自覚がまるでない。

勝てばそれでいいのか。清宮前監督時代から、ワセダは徹底的に強いチーム作りを目指した。その結果、行き過ぎた勝利優先主義がはびこり、人間教育をないがしろにしてきたように思う。これはワセダに限ったことではないだろうが・・・。

驕れるれるものは久しからず。こんなことでは、ワセダ黄金時代は早晩終わる。

2008年12月 8日 (月)

9年ぶりのラグビー早明戦勝利

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明治が9年ぶりに早稲田に勝利した。試合開始からフォワード、バックスとも出足良く、久々に闘志を前面に出すゲームをした。後半の20分は、予想通り足が止まって逆転の危機に瀕したが、トライ後の同点ゴールがゴールポストに当たってノーサイド。

冷や汗の勝利だが、ひたむきさは表れていた。4敗するまでに、どうしてこの気力が出なかったのか、といまさらに悔やまれるが、これを機に来年は猛練習を重ねて頂点を目指してほしい。

ところで、早明のキャプテンに言いたいことがある。まずは明治の杉本主将。勝利インタビューで「後半はきつかった」と語った。実に情けない。虚勢でもいいから「80分死にもの狂いでやりました」となぜ言えない! 

キャプテンがきつい、などと言うから、今シーズン駄目だったのだ。試合できついとほざく練習しかしていないということが、これで証明された。

一方、早稲田の豊田主将。時間帯は忘れたが、明治の選手の頭に手をやり、侮辱するかのような態度を取るシーンがあった。ラフプレーよりも許し難い。もし、そういう意図がなくてやったのなら、たとえ激しいスポーツのラグビーとはいえ、人の頭に手をかけたならば、手刀でも切って軽く会釈するくらいの態度がほしかった。

それに、試合後に相手が反則まがいのことをやったという趣旨のことをコメントしていた。モールになってから、ボール出しを遅らせるため地面に横たわったままだった、という主張のようだった。これも、お互い様である。またレフリーをないがしろにした発言である。キャプテンシーに問題あり、というほかない。

また、私は見落とした場面だが、ワセダのラグビー掲示板(ヤフー)によると、前半トライをとったワセダの12番センターの選手が、トライ後に中指を突き立てたそうである。もう30年近くラグビーを見ているが、こんなシーンは世界でも初めてではないか。

まったく、こういう選手は万死に値する。永久追放ものである。礼節を知らないものは、スポーツであれ仕事であれ、関わる資格なし。

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このごろは、勝利優先主義なのか、ひたむきでさわやかな選手が少なくなった。明治は昔から柄がいいほうではなかったが、試合後に疲れたなどと、タワケを言うようなキャプテンはいなかった。またワセダにこんな悪タレはいなかった。

OBとして、この勝利はとても嬉しいが、当世学生気質は気にいらない。

2008年11月14日 (金)

時代錯誤の明大ラグビ-

Meiji 大学ラグビーの伝統校・明治が苦境に立たされている。対抗戦グループで現在2勝3敗。残りのカードは、帝京、早稲田。1敗でもすれば、大学選手権の出場権を失う。いやこの時点で、100%出場できないとみるのが妥当だろう。

過日、仕事の知り合いで早大ラグビー部OBに話を聞く機会があった。彼は現役時代、1本目の選手だった。メイジはなぜ勝てないのか? こう答えた。

「メイジのラグビー部は、試合に出ているプレーヤーだけが選手なんです。現在のラグビーは試合に臨む前に相手チームを徹底して分析します。しかも、対戦選手の分析だけでなく、戦術、審判のクセなど、あらゆる分野を大勢の部員が役割分担している。」

メイジが強かったころは、他の大学も同じような練習振りだったから、そんな情報戦は不要だった。しかし、いまは、選手の体格も似たサイズになり、当たり負けすることは少ない。しかも有力高校から選手をセレクトしている。サイズが同じで才能も遜色ないなら、あとは戦術勝負。それは誰の目にも明らかだ。メイジはいまだ「前へ、前へ」の猪突猛進ラグビーだ。

このOB氏によると、早大はマネージャーやコンディショニングコーチ、戦術分析班がいるという。しかもOB会にも同様のことをする人たちが大勢いるらしい。有望選手は全国に散らばるOBが、有名・無名を含めて発掘する組織が出来上がっている。メイジにもそのようなものはあるのだろうが、密度が違うのだろう。

もはや昔の名前だけでは、勝ち残って生けない。明大ラグビーの近年における沈滞ぶりを見ていると、IT全盛の時代にアナログでもがき苦しんでいる企業を想像してしまう。

試合に出ていない選手がゲームに参加していない。クラブの総意が試合に表れていない。総合力で劣っている。どんなことをしても試合に勝つためのプランを立てていない。つまりは時代錯誤なのである。

大学スポーツは4年で選手が入れ替わるので、常勝軍団を作るには、相当のリーダーシップと、たゆまぬ鍛錬が要る。

しかし考えてみると、企業だって3年や5年で人事異動はある。試合の勝ち負けと企業の盛衰は比較にならないにしても、毎年毎年が勝負、という点では同じ。業績を上げ続ける、試合に勝ち続ける。そう変わるわけでないだろう。

フォワードの強化が最優先、というわりには明治のFWは情けないくらい弱い。自陣にボールを蹴られると、フォワードは追走するスタミナがなく、俊足のはずのバックスはタックルが甘い。ラインアウトはことごとく相手に取られる。

理念を忘れた企業は、廃れるのも早い。戦略がなければ戦術は立てられない。10年1日というが、明大ラグビーは、この10年負けっぱなしである。創業的出直しが必要だ。3年くらいは、1、2年生主体でチームを作るくらいの中期計画を立てるべきである。

2008年8月21日 (木)

北京五輪

Kitajima ああ始まったかとうんざりしたものだが、あれだけ画面を占領してしまえば視聴者の意思に関係なく、見てしまう。

北島康介の100M平泳ぎは感動した。彼以外にも日本人選手で数人いたが、オリンピックで連続2冠というのは、どれだけ大変かと思う。惜しみない拍手を送りたい。

北島はコメントも素直で好感が持てた。今回、色々の競技を見て感心したのは、日本の選手たちのマスコミに対するコメント能力が向上したのではないか、ということである。

Jodan 以前書いたかもしれないが、米国では大学からプロにいくプレーヤーは、大学またはマネジメント会社がマスコミ対応をきちんと学ばせるという。例えばNBAのスターだったマイケル・ジョーダンは、とても気の利いた受け答えをする。頭のいい顔をしているので、元来知的な人物なのだろう。

日本のスポーツ選手、とくにプロ野球の選手などは、よほどベテランでそれなりの成績を残していないと、ろくなコメントを言えない。ヒーローインタビューを聞いていても、芸人の亜流のようなメッセージしか残せないのは、実に情けない。北京五輪では、競泳選手のコメントは素直でみなしっかりした答えぶりだった。

質問する側のレベルの問題もある。何とか言わせようとするのは理解できなくもないが、インタビュアーが選手の受け答えの質を高めることにもつながるから、もっと聞き方、応えさせ方を勉強してほしいと思う。

唯一、柔道の石井は駄目。解説の篠原氏が「石井はしゃべらんほうがいいですね」とく釘を刺していたが、まったく同感。最近の若者といわばそれまでだが、支離滅裂だった。

2008年5月26日 (月)

相撲好き

Sumou 私は元来、相撲好きである。柏鵬時代全盛のころが一番熱心に見ていた時期だ。あのころは、柏戸、大鵬の両横綱に続いて佐田の山、栃の海といった大関(その後横綱に昇進)も強くて活気があった。明武谷、海乃山などの曲者もいて、それはそれは楽しかった。

しかしなんといっても大鵬の実力は群を抜いていて、強すぎて面白くない場所も少なくなかった。それでも怪我が癒えたあとの柏戸はなかなかのもので、取りこぼしはするものの、大鵬との一戦になると名勝負を展開したものだ。

先ごろ誰かが指摘し、私もまったく同感だったのが、朝青龍の張り手。まったく品がない。横綱ともあろうものが、相手の顔をそらしてまわしさを取りにいくような姑息な手段を使って相撲をとるのを、私は断固許せない。

69連勝の双葉山、初代貴乃花は、生涯張り手を使わなかったと言う(これは多分、大関・横綱昇進後のことだと思う)。

立会いの変化も、役力士においては大変見苦しい。柏戸、大鵬が変化したり、張り手をした記憶がない。柏戸は大鵬との1戦で敗れると、苦笑いをしたのち、お互いを讃えるかのごとく、きちんと目をあわせて土俵に向かって礼をした。清国、大乃国の土俵態度も素晴らしかった。

さて、昨日の千秋楽の一戦。朝青龍と白鵬の勝負の決着後の場面。私はだめを押した朝青龍に責任があると思う。それを我慢しなかった白鵬の肘打ちも問題だが、それを誘引したのは、あのだめ押しだ。

ああいうだめを押すのは、千代の富士からではないか。土俵中央で、吊りだそうとする相手に投げを食らわす取り組みをよく見た。思えばあのころから、勝利至上主義になっていったのではなかろうか。

勝ちに拘ることを否定はしないが、野球で言えば、10-0で勝っているチームが9回表に盗塁をするような侮辱行為である。やはり節度や節操は大切である。

2008年3月17日 (月)

ラグビー日本選手権

Miyaji 16日に行われた三洋電機とサントリーの決勝戦は、とても面白かった。MS杯で、執拗なフォワード戦法を取って勝ちにこだわったサントリーを「クリンチ」と非難した宮本監督の勝利インタビューは実感がこもっていた。

それよりも、この人の顔を中継で見たかった。案の定、男泣きしているではないか。いつもあと一歩のところで日本一を逃し、悲運の監督とも呼ばれた三洋の宮地・元監督だ。

91年だったか、日本選手権決勝で神戸製鋼のバックス陣6―7人がつないで、最後SO(あるいはセンター?)のイアン・ウィリアムスが50M以上独走し、逆転トライを挙げて三洋が敗れた試合は、いまも記憶に生々しく残っている。

テレビカメラは、終了直前、ウィリアムスがゴールラインに刻一刻と近づく疾走振りと、宮地さんがスタンドでそれを驚愕・戦慄の眼差しで見つめ、みるみる悲壮感あふれる表情に変化していくさまを、見事なまでに捉えていた。トライで同点、そしてコンバージョンで2点差の逆転。その直後に終了のホイッスル。

宮地さんは、昨日の男泣きと同様、泣いていた。嗄れ声で人のいい関西弁のおっさんが、あたりはばからず号泣していた。

Sanyo 勝ちにこだわるサントリー・清宮監督の戦術は必ずしも非難すべきではないが、Jリーグに押されて近年人気が下降気味の日本ラグビー。

企業スポーツだから、頂点を獲得して自社の営業活動に寄与する気持ちからくる強気の発言としては理解できる。あるいは、意図的にヒール役となって日本ラグビーを牽引しようとしているのかもしれない。

しかし、早稲田を復活させサントリーに戻って再生させようとするその気持ちに、驕りが感じられるのは小生だけだろうか? ちょっと連戦連勝すれば、常勝軍団の統率力などとマスコミがおだてるのは致し方ないが、もう少し「さわやかさ」があってもいいように思う。

勝って泣き、負けて泣く。やっぱり勝負は浪花節がよく似合う・・・・。

2008年1月29日 (火)

福士加代子を嫌いである

Photo_2 テレビの前で長時間釘付けになるマラソンをあまり好まないが、ビッグマウスの福士加代子が初マラソンに挑戦したとかで、盛り上がっていたので、少しだけ、チャンネルを合わせた。

結果は惨敗。マラソンの距離を事前に練習しなかったというのは、あまりになめた話ではないか。その方面に詳しくないが、1万メートルやハーフマラソンとは別の世界では、という想像は容易につく。

なんで彼女が嫌いかといえば、その大口叩きにある。スポーツ選手たるもの、すべて求道者たれとは言わない。しかし、メジャーリーグで、ワンサイドゲームに勝っているチームが盗塁したり、送りバントすれば必ず報復の危険球が来る。

勝者は敗者をおもんばかって、試合に臨み、軽々しくガッツポーズを取るのは控えるべしというのが、本場におけるスポーツマンシップである。

そのことと少し脱線するかもしれないが、先日サッカーの日本代表選手のひとりが次の強化試合に向けてのインタビューで、「相手をリスペクトして試合を組み立てたい」という趣旨のことを語っていた。リスペクトには「尊敬」とテロップが入っていた。

この場合、尊敬というよりも、私は相手の実力を正当に評価し決して侮らない、という意味に解釈したが、間違っているだろうか。どちらにしても聞いていて清々しかった。若い者も捨てたものではない、と失礼ながら感じ入った。

話を戻すと、福士選手はすばらしいアスリートなのだろう。口に出すことで、自らを鼓舞する意味もあるだろう。競技の普及も考えているかもしれない。しかしだ。あれだけコケてゴールしながら、楽しかったはないだろう。

一緒に戦った選手に大変失礼である。その意味でリスペクトに欠ける。なにごとも謙虚さを忘れたら、いけない。

2008年1月 3日 (木)

大学ラグビー準決勝

Rugby 母校・明大が久しぶりに大学選手権準決勝に出た。結果は7点差で負けたが、惜敗というには内容があまり良くなかったのではないか。前半、あれだけ慶応のバックスに走られて18点差をつけられたのに、後半20分という大詰めの時間帯に22m ラインあたりからスクラムトライを狙う戦術では、この先も黄金時代の復活は厳しい。

いまの時代、企業活動であれスポーツであれ、ある程度の理論と戦術(戦略)を構築し、組織化された会社やチームでなければ、結果はついてこない。もちろん、精神論も必要ではあるが、各校ともスポーツエリートを積極的に入学させてきている現状で、名門の名に胡坐をかいていては、いくら有名選手を集めたところで強くはならない。

ヤフーの『ラグビー掲示板』にも、同様の意見が各大学のトピックスに散見している。学生スポーツは毎年選手が卒業で入れ替えわるから、実力を維持するのは難しいといわれる。そしていったん弱体化すると、有望選手は集めにくくなる。良い選手が集まっても負け癖がつき始めると、中小・零細企業と同じで意欲は減退し、士気が低下する。

Yosida ラグビーを観始めてもう四半世紀以上になるが、吉田義人主将のときは、それまでのチンタラ練習による低迷期を脱し、戦う集団に生まれ変わった。90年代の黄金期をスタートさせた名主将である。明治の監督やコーチの能力(専従であるかないかも含めて)にも問題はあろうが、選手がまず「何をしたいか」をとことん問い詰めることが先決だ。

2日の試合ではNO8・宇佐美の健闘は賞賛に値する。そのほか何人かの選手も頑張ったが、ハーフ団を含めたバックスに力がなかった。特に後半30分くらいだったか、タッチキックを決められなかった(SO・田村)のは痛恨のミスだった。

ここ一番でミスが出るのは、実力が備わっていない証拠である。田村はまだ1年生だから期待は持てるが、ただFWだけを強化していては頂点は見えてこない。

せめて決勝まで勝ち進み、来年その座を奪い返すという明確な目標を持ってシーズンを終えてほしかった。この1敗は案外、重いのではないかという気がする。復活を遂げた早稲田が清宮監督を迎えた1年目がたしか、準優勝だった。ハードルが1つと2つとでは大きく違うと思うのだが・・・・。

2007年3月20日 (火)

西武の裏金問題を考える

Uragane3 突然降って湧いた西武ライオンズの裏金問題だが、こんなことで驚くようでは、わが国のスポーツ事情をまったく理解していないと言わねばなるまい。

今回はプロ野球の世界に絡んだ事件だから、金銭の授受など、なおさらの感さえある。アマチュアイズムの強いラグビーやバレーボール、バスケットなど、実業団スポーツの世界でも、企業から学校サイドに金が渡っているのは常識である。

いかにも西武が悪いように叩かれているが、この国に真のアマチュアイズムやプロフェショナル意識が皆無または希薄なのであるから、1球団だけを責め立てても、何の解決にもならない。

Uragane2 一説によると、西武は右翼にこのネタを掴まれて窮地に立ち、発表に踏み切った。強請られるがままになっても、自ら公表しても、どのみち無事ではすまないと判断しての記者会見だったに違いない。

こうした事件を抑止するためにウエーバー制度の復活が不可欠という意見があるが、くじ引きで選ばれた球団への入団を拒否すれば、いまの希望枠と同じ結果になることは目に見えている。江川は1人だけではない。元木も福留も、指名を蹴って浪人したり、社会人入りし、結果的に希望の球団に入った。

現状での最善の策は、巨人が主張するクロスウエーバーと、入団拒否を認めない制度、それにFA短縮の組み合わせではないか。これを実現させるには、プロ側の透明性のある経営姿勢と、アマ側の指導者にある拝金主義の根絶であろう。

どんな世界であれ、歪みはある。そしてそれは、社会・経済・政治の状況をことごとく反映している。

「渡す奴がいなければ、貰う奴もいない」と現横浜の仁志がいっていた。お前は、常総学院から早稲田に入り、日生を経て巨人に入った。その時々の監督の袖の下にいくばくかの金が渡らなかったと、神に誓って言えるのか? 口止めされなかったか?

有望選手は売れ筋商品である。営業費用がかかって当たり前の世界がプロなのだ。プロ12球団をひとつの企業体とみなして、売上高を再配分するメジャーのようなことができれば、日本のプロ野球も、人気、不人気球団、金満、金欠の格差は縮小する。そんな度量をわが国12球団のオーナーが持っているとは、およそ考えられない。

戦力の均衡が白熱したペナントレースを生む。その意味で、楽天にスンナリ入団した「マー君」は誉めてあげたい。高校生のガキが、四の五の言わず、抽選で決まったところで活躍すればいいではないか。そんな心意気も、球界浄化に必要である。

2006年9月24日 (日)

代打カツノリ!(野球の話④)

Photo_3 ノムさんの息子である。昨日の対西武線で、1死3塁で代打で登場した。8回裏で4対5のビハインドの場面。ここまで代打での成績は38打数3安打、1割を切るバッターだ。

少しは粘ったが、案の定左腕・星野の前に三振を喫した。他に代打がいないのか、詳細は分からない。しかし、ノムさんはたしかこの2日前にも、似たような重大な局面で、この力のないバッターを送り出していた。

Photo_4 野村克也監督は、名選手であり名将である。野球には数多くの場面があるという。ボール(4)、ストライク(3)、アウト(3)、ランナー(7)、イニング(最低9)、表裏(2)、点差(無数)と、これだけでも4536通りのケースがある。それを見極めて作戦を練るのが「ノムラ野球」である。これに対戦投手の防御率や持ち球を考えると、データは無限である。

これが持論のノムさんが、ここで出す代打ではないだろう。公私混同とは、このことを言う。ペナントレースも最終盤に来て、印象深い場面で結果を出してくれたら、息子の首も来年つながる。そう考えて送り出した。

この人は野球人として最優秀だが、家族に大アマなのが情けない。昔、南海時代に「鶴岡親分にぶっ飛ばされました!」と大言壮語して球団を去ったのも、あのサチヨ氏が選手の起用にまでノムラ監督に容喙していたからだとの説が有力だ。私は、あの記者会見をいまでもくっきりと記憶している。

2代目経営者、世襲議員と五十歩百歩である。カツノリ入団が監督就任の条件でもいいが、来年はベンチに入れてはいけない。

2006年7月 7日 (金)

野球の話③(松中の涙)

Oukantoku ソフトバンクホークスの王監督が、胃の腫瘍摘出手術のため一時休養することになった。誠に残念である。ON世代として、なにより悲しいニュースである。

5日の対西武戦。延長12回裏のホークスの攻撃。2死満塁で打者が三振して試合は引き分けに終わった。3塁走者の松中が、ヘルメットを脱ぎ、自軍のダッグアウトに向かって歩いていた。

見ると、したたる汗に混じって、大粒の涙をこぼしているのが、はっきり見てとれた。首位決戦で1勝もできなかった悔しさがこみ上げてきたのだろう。

ところが、試合後の、あの緊急会見である。松中は球場を去るとき「試合が終わってから(一時休養のことを)聞きました」と、ケムに巻いた。それが嘘だとは誰でも分かることである。それを知っての涙だった。

王監督の人間の大きさについては、いつか「清原の死球禍」の件でも書いたが、スケールが違う。そういう人間を常に目の前で見ている選手は、気付かないわけがない。存在の大きさに、これから改めて思いを致すと思う。

三冠王・松中を泣かせる王監督も凄いが、人目もはばからず涙を見せる松中は好漢である。

昔、NHKで日曜夜、てんぷくトリオの三波伸介が司会をする公開お笑い番組があった。そのなかに、芸人をゲストに招いて子供からの手紙を司会者が読むコーナーがあった。そのときのゲストは、ケーシー高嶺。ひとり息子からの手紙をじっと聞き入っていたケーシー高嶺の目から、やがて止めどもなく大粒の涙があふれ、それは号泣に変わった。

それを見たとき、いい涙だなあと思った。人前に姿を晒す芸人は親の死に目に会えないと言われる。それは仕事を持つ人の共通した運命だろうが、そのときの姿は忘れられない。

松中の涙は、そのときの感動を思い出させてくれた。

2006年4月30日 (日)

野球の話②(解説者について)

私のお気に入り解説者は、本西厚博氏と、武田一浩氏である。

P_motonishi_1 本西氏は、阪急→オリックスの名外野手で、レフトフェンスによじ登って好捕した守備は、大リーグの野球記念館のようなところにパネル展示されているほどの、スーパープレイだった。メジャーで活躍している田口、イチローと3人で守っていたころは、鉄壁の外野陣といわれた。

Takeda 武田氏は日ハムからダイエーなど数球団を渡り歩き、12球団から勝ち星を挙げた数少ない投手である。たしか日ハムのドラフト1位が決まったときは、明大の島岡監督と喧嘩していて、スッタモンダしたのではなかったか。鼻っ柱の強い人である。

2人に共通するのは、選手が不足している部分を的確に指摘することである。また、試合の流れを予想することに長けている。野球通の間では「野球頭(アタマ)」などと読んでいるが、本来賢い人なのだろうと思う。

ただし、解説者の味を引き出すのは、アナウンサーである。アナウンサーが力不足だと、この2人などは、機嫌悪く話すのが、すぐに分かる。

私は本来、解説などいらないと考えているが、解説者とアナウンサーの息が合っているときは、楽しい。アナウンサーでは、NHK-BSの小野寺氏(だったと思う)がピカイチだ。武田氏がホークスの試合で、明大の後輩・鳥越遊撃手について話すことがあるが、愉快である。

あまり言いたくないが、最低なのは、元阪神の川藤である。セ・リーグはいまは見ないのでどうでもいいが、声は聞きづらいし、いまだに浪花節でしかモノを語れない。

この男は、すでに戦力外だった晩年、ファンの後押しで一軍生活を送り続けた。その陰で有能な2軍選手が泣いていたはずである。こういう独りよがりの男は許すわけにはいかない。

制度(自体がおかしい部分もあるが)を捻じ曲げてまで入団した江川のほうが、よっぽどましである。まあ、江川は川藤のような三流ではないが・・・。

2006年4月23日 (日)

野球の話①(死球について)

野球部に在籍したことはないが、草野球と長年のプロ野球観戦で培った眼力には自信がある。小生の年代は、「野球が出来ない奴は男にあらず」だった。野球の話は、だからいまでも熱が入る。野球へのコメントは評論家としてのものである(エラソー)。

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キヨハラの死球に対する最近のコメントと、それに対する王監督の意見は興味深かった。「ぶつける投手のほうだけが悪いと考えるのは、自分をしんどくさせるよ」との王さんの指摘は、野球界を超えた箴言である。やはり、この人は巨匠である。

キヨハラは1989年、死球に激高して相手投手(ロッテの平沼投手だったと思う)に暴行したことを振り返り「あの時は一時的な感情でバットを投げつけてしまった。すごく反省した」と語っている。

商売道具のバットを投げつけたことで、いっぺんにこの選手が嫌いになった。そんな奴は永久追放だと思った。聖人君子を熱望する気はサラサラないが、相手投手ににらみを聞かせるのは、面構えではなくて実績である。それをこの男は分かっていない。

実社会でもこの手合いはゴロゴロいる。簡単に言えば「短気は損気」だ。怒るときのTPOを間違えている。これは実に難しい所業で、だから、王さんの言葉にとても感動したのである。

Photo_1 過日、ソフトバンク・ズレータの金村投手(日本ハム)に対する暴行もあった。ズレータは第1打席からしばしば打席を外していた。投手との間合いが取れなかったのだろう。そのイライラが死球の際に暴発した。

この試合をずっとテレビ観戦していたが、金村はズレータが構えるやいなやホームベースに投げ込み、ズレータの間合いに合わせなかったのは明らかだった。それが投球術・投球テンポだろうが、打者が投手と正対し、構えに入ってから投げ込むのがマナーではないか?

暴行は否定されるべきだが、小手先で討ち取ろうとする態度は感心できない。こういう野球術は、ランナーを出したときのクイックモーションだけにしてほしい。

キヨハラは今回暴れなかったが、「守るべきときは守る」と発言して、恫喝した。ズレータは体当たりを食らわせて、10試合の出場禁止を食らった。王監督はズレータの件について「100%こちらが悪い」と言ったが、胸中はどうだったか?

500本以上本塁打を打っている大打者の中で、キヨハラは品位に欠ける。このままでは王、野村、門田と同類に置けない。